いつまで授乳?
2008 / 04 / 06 ( Sun )
母乳育児生活も、2年3ヶ月目。きちんと3食、おやつまで食べるけど、おっぱいもしっかり飲む娘は、この春から保育園に通い始める。
二度目のこの母乳育児は、普段は特別なケアもなく、欲しがったら飲ませるという、昔ながらのスタイル。長女の時のように、「おっぱいが猫になっちゃった!」とキッパリ断乳する予定もなく、本人も、まさか大好きなおっぱいが飲めなくなるとは微塵も思っていないでしょう。「もういらない」と子ども自身が言う日まで、飲める時は飲んだらいいやん、とぼんやり考えています。ところが、保育園入園が決まった頃から、チラホラ聞こえてくる言葉。
「そろそろおっぱいも終わりにしないとね」。
娘も私もキョトンとして、その言葉の意味を考える。園の生活が始まったらおっぱいサヨナラしなくちゃダメ?
私、保育園ではオッパイ!オッパイ!と欲しがったりしないよー、だったママいないんだもん。だけど朝と寝る時は一緒なんだから、オッパイオッパイって欲しがってもいいよね…? 私寝る時オッパイがないと悲しいわ。毛布の角をかじって眠らなくちゃいけないなんて、そんなのイヤだわ
たぶん私が娘だったら、こんな風に思うだろうなー、と思う。そして、「いいよ、いいよ、昼間は一緒じゃないから無理だけど、一緒の時は飲んでもいいんよ。バイバイできそうな時がきたら教えてね。」と、私は思っている。
「生後6ヶ月から離乳食を始め、1歳には授乳もやめましょう」というようなニッポンの育児の常識からみたら、2歳も過ぎて体重10kg超える幼児が母の乳を吸っている姿は、不思議な光景かもしれない。こういう自然な育児や暮らし方をしてきた中で、今までも様々な世間とのギャップに遭遇して、それなりに上手く折り合いをつけて共存してきた。「そろそろおっぱい終わりにしないとね」の周囲のササヤキを聞くと、また世間と私の価値観の違いを改めて知る。あーそうか、やめないといけないものなのか、と。母乳育児、これを機会に終わりにできたらさぞ楽だろうなーと共感もする。子どもも、私がおっぱいを与えなければ、意外とすんなり諦めるかもしれない。
だけど、だけどね、次の出産を皆目検討していない私にとって、この母乳育児は人生最後の母乳育児。終わったらもう二度と「子どもへ乳を与える」という母にしかできない営みができない。そう思うと正直とっても寂しい。
長女は「断乳」という形で、子どもには有無を言わせず、ある日突然一方的に母乳育児を終わらせた。後にその方法が本当に良かったのかどうか疑問が残った。だから今回は、母も子もお互いに納得いく形で、人生最後の母乳育児を終わらせたいと思う。
だから、「そろそろ終わりにしないとね」のササヤキに、あっさり従う潔さは…ない。
二度目のこの母乳育児は、普段は特別なケアもなく、欲しがったら飲ませるという、昔ながらのスタイル。長女の時のように、「おっぱいが猫になっちゃった!」とキッパリ断乳する予定もなく、本人も、まさか大好きなおっぱいが飲めなくなるとは微塵も思っていないでしょう。「もういらない」と子ども自身が言う日まで、飲める時は飲んだらいいやん、とぼんやり考えています。ところが、保育園入園が決まった頃から、チラホラ聞こえてくる言葉。
「そろそろおっぱいも終わりにしないとね」。
娘も私もキョトンとして、その言葉の意味を考える。園の生活が始まったらおっぱいサヨナラしなくちゃダメ?
私、保育園ではオッパイ!オッパイ!と欲しがったりしないよー、だったママいないんだもん。だけど朝と寝る時は一緒なんだから、オッパイオッパイって欲しがってもいいよね…? 私寝る時オッパイがないと悲しいわ。毛布の角をかじって眠らなくちゃいけないなんて、そんなのイヤだわ
たぶん私が娘だったら、こんな風に思うだろうなー、と思う。そして、「いいよ、いいよ、昼間は一緒じゃないから無理だけど、一緒の時は飲んでもいいんよ。バイバイできそうな時がきたら教えてね。」と、私は思っている。
「生後6ヶ月から離乳食を始め、1歳には授乳もやめましょう」というようなニッポンの育児の常識からみたら、2歳も過ぎて体重10kg超える幼児が母の乳を吸っている姿は、不思議な光景かもしれない。こういう自然な育児や暮らし方をしてきた中で、今までも様々な世間とのギャップに遭遇して、それなりに上手く折り合いをつけて共存してきた。「そろそろおっぱい終わりにしないとね」の周囲のササヤキを聞くと、また世間と私の価値観の違いを改めて知る。あーそうか、やめないといけないものなのか、と。母乳育児、これを機会に終わりにできたらさぞ楽だろうなーと共感もする。子どもも、私がおっぱいを与えなければ、意外とすんなり諦めるかもしれない。
だけど、だけどね、次の出産を皆目検討していない私にとって、この母乳育児は人生最後の母乳育児。終わったらもう二度と「子どもへ乳を与える」という母にしかできない営みができない。そう思うと正直とっても寂しい。
長女は「断乳」という形で、子どもには有無を言わせず、ある日突然一方的に母乳育児を終わらせた。後にその方法が本当に良かったのかどうか疑問が残った。だから今回は、母も子もお互いに納得いく形で、人生最後の母乳育児を終わらせたいと思う。
だから、「そろそろ終わりにしないとね」のササヤキに、あっさり従う潔さは…ない。
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