映画「いのちのたべかた」を観る
2008 / 01 / 12 ( Sat )

以前から注目していたドキュメンタリー映画「いのちの食べかた」を見た。この映画の邦題となった、映画監督でドキュメンタリー作家の森達也氏の著書「いのちの食べかた」(理論社発行)は、私の愛読書。小学校図書にも推薦したほどオススメの一冊が、タイトル同様の映画となり、大反響ロングラン上映をされているのだ。悲しいかなこういったドキュメンタリーものは、一般的な劇場では公開されない。ぜにネット検索をして、お近くの上映劇場へ足を運んで、1人でも多くの方に観てほしい映画の1つ。
いのちの食べ方 公式HP
大阪ヨーロッパ映画祭HP
↑映画の一部動画で見ることができます↑
さて、どんな内容かというと、まず公式ページからの抜粋↓
----------------------------
知っているようで、実は知らない…現代の食料生産事情がここにある!
私たち日本人が1年間に食べるお肉(牛・豚・鳥)は約300万トン。だれもが毎日のように食べている膨大な量のお肉。でも、そもそもお肉になる家畜は、どこで生まれ、どのように育てられ、どうやってパックに詰められてお店に並ぶのでしょう?
本作は、そんな私たちの生とは切り離せない「食物」を産み出している現場の数々を描いたドキュメンタリーです。世界中の人の食を担うため、野菜や果物だけでなく、家畜や魚でさえも大規模な機械化によって生産・管理せざるをえない現代社会の実情を、オーストリアのニコラウス・ゲイハルター監督がおよそ2年間をかけて取材・撮影しました。
本作を観ると、現代の食料生産工場の生産性の高さに驚愕するとともに、私たちが生きることは他の動物たちの生命を「いただく」ことに他ならないことだと、改めて実感させられます。
-----------------

BGMも、セリフも、解説ナレーションも一切なしのこの映画。実に淡々と静かに正確に、そして極めて客観的に、カメラは「人の手によって命が食物へ変わってく様子」をとらえています。その物言わぬ映像から何を感じるのか、どう感じるのかは、観る人により様々でしょう。
霜降り牛肉を作るため、人為的に交配して精子を摂取される牛、全身防御服を着た農夫が消毒薬をまくピーマン畑、狭く身動きの取れない場所でひたすら卵を産み続ける鶏、こめかみに銃を打たれ、吊るされて小刻みに解体されていく牛たち。地中深くにもぐり、岩塩を採集する男たち。

もくもくと、淡々と、そしてリズミカルに作業を繰り返す人間と機械たちの様子と、その音が織り成すこの映画。場面の合間合間に、サンドイッチとコーヒーを一人無言でパクつき食べる、作業員たちのランチタイムの様子が、なぜか私には印象的でした。
日頃口にしている食べ物、特にお肉に関しては、動物から食肉になる過程を目にすることは皆無に等しいでしょう。無言のこの映画が語るメッセージは、日頃食べ物を当たり前に食べ、無駄にしている私たちに、多くの問いかけをしている気がします。

食料自給率40%といわれるこの日本。いながらにして、お金さえあれば世界中の各国料理が味わえる国。「食料の6割を外国産に頼っているって? そんなのあまり実感ないよ」と思うでしょう。
例えばコンビニの幕の内弁当や、ファミレスの和定食、和風の料理でもその素材1つ1つが、実ははるか遠い外国で栽培され、莫大な輸送エネルギーをかけて飛行機で日本に運ばれてきた食材だったりします。さやいんげんも、時にはご飯(米)さえも。そうして運ばれてくる生野菜や穀物が、どうして腐らないのでしょう? 腐らないように処理しているからです。
菜食をしていると、時折「野菜(植物)だって生き物じゃない」と言われることがあります。私の中で、生き物を食べる・食べないは、良い・悪いの判断をするものではありません。植物も動物も、それら命あるものを「どう食べるか」が大事と思うのです。
この映画に映される動物のと殺、解体の場面を見た人には、一時的にでもお肉を食べることに躊躇してしまう方もいるかもしれません。だけどこの映画は、決して「動物を食べるな」と伝えているわけではないのです。同じ生き物である「人間」に命を支配され、恐怖に暴れ、目に涙を浮かべながらも殺されていく牛や豚や鶏を、「どう食べるか?」という疑問を投げかけている映画のような気がします。
「いただきます」、この言葉はお食事の前に誰もがきっとつぶやいているでしょう。
その言葉の意味を考えるチャンスを、この映画は与えてくれています。
あなたの命、いただきます。
だから、だからこそ、動物も植物も命あるものをいただく以上、残さず全部いただきたい。根っこも皮も骨も無駄にはできない。奪い取ったその命は、私の中で新たな命となり再生するために、殺された命だから。
毛皮のコートや牛革などの動物皮の財布など、もとは食肉として殺した動物の命を、無駄なく全部活用するために生まれた生活用品だったのかもしれません。ところが今は、それを作るために多くの動物が殺されている現実があります。死んだ動物の皮は状態が悪くなるため、ウサギやミンクなど、生きたまま生皮をはぐのです。それをほしがる人がいるから、作る人がいるのです。医薬品開発のための動物実験とは意味がちがいます。コートやかばんや財布は、革製品でなくても良いわけだから、私は革製品を持ちません。
![]() | いのちの食べかた (よりみちパン!セ) (2004/12) 森 達也 商品詳細を見る |
命を殺す、命をたべるということは、そういうことのような気がします。
各地で上映されていますが、見逃した方は書籍をぜひお読みになることをおすすめします。小学生中学年くらいのお子さんも読める、子どもに問いかけるような構成の本です。ぜひ、子育て中の方はお子様とご一緒に。またすべての日本人に読んでほしい、見てほしい「命のたべかた」。必見&必読です。
命をたべるってこと
2007 / 02 / 22 ( Thu )
今日何気なくつけたテレビ番組で(たぶん衛星放送)、羊を殺して皮を剥ぎ、部位に分けて料理にして食べる、という過程を全部映したイタリアの料理番組を娘と見ました。目を覆いながらも、食い入るようにして娘はしっかりと見入っていました。
普段何気なく当たり前のようにして食べているお肉。実は私たち人と同じように、ママのお腹から生まれ育ち、鳴いたり眠ったりして生きてきた生き物。それを殺して食べる私たち人は、その意味をどこまで理解しているでしょう。
考えながら食べる事は私は好きじゃないけれど、やはり命を殺して頂くってことは、心の隅には忘れずにいたいし、子どもたちにも伝えておきたい大事なこと。だから食事の前には「いただきます」って言うんです。「あなたの命をいただきます」という意味が込められている。魚も野菜(植物)ももちろん命あるものだけど、お肉となるとまた少し違う。魚や植物にはない感情や表情のある「動物」だから。
↓まだまだ続くよ↓
普段何気なく当たり前のようにして食べているお肉。実は私たち人と同じように、ママのお腹から生まれ育ち、鳴いたり眠ったりして生きてきた生き物。それを殺して食べる私たち人は、その意味をどこまで理解しているでしょう。
考えながら食べる事は私は好きじゃないけれど、やはり命を殺して頂くってことは、心の隅には忘れずにいたいし、子どもたちにも伝えておきたい大事なこと。だから食事の前には「いただきます」って言うんです。「あなたの命をいただきます」という意味が込められている。魚も野菜(植物)ももちろん命あるものだけど、お肉となるとまた少し違う。魚や植物にはない感情や表情のある「動物」だから。
↓まだまだ続くよ↓
| ホーム |










