いつまで授乳?

母乳育児生活も、2年3ヶ月目。きちんと3食、おやつまで食べるけど、おっぱいもしっかり飲む娘は、この春から保育園に通い始める。
二度目のこの母乳育児は、普段は特別なケアもなく、欲しがったら飲ませるという、昔ながらのスタイル。長女の時のように、「おっぱいが猫になっちゃった!」とキッパリ断乳する予定もなく、本人も、まさか大好きなおっぱいが飲めなくなるとは微塵も思っていないでしょう。「もういらない」と子ども自身が言う日まで、飲める時は飲んだらいいやん、とぼんやり考えています。ところが、保育園入園が決まった頃から、チラホラ聞こえてくる言葉

「そろそろおっぱいも終わりにしないとね」


娘も私もキョトンとして、その言葉の意味を考える。園の生活が始まったらおっぱいサヨナラしなくちゃダメ? 涙 私、保育園ではオッパイ!オッパイ!と欲しがったりしないよー、だったママいないんだもん。だけど朝と寝る時は一緒なんだから、オッパイオッパイって欲しがってもいいよね…? 私寝る時オッパイがないと悲しいわ。毛布の角をかじって眠らなくちゃいけないなんて、そんなのイヤだわ悲しい
たぶん私が娘だったら、こんな風に思うだろうなー、と思う。そして、「いいよ、いいよ、昼間は一緒じゃないから無理だけど、一緒の時は飲んでもいいんよ。バイバイできそうな時がきたら教えてね。」と、私は思っている。

「生後6ヶ月から離乳食を始め、1歳には授乳もやめましょう」というようなニッポンの育児の常識からみたら、2歳も過ぎて体重10kg超える幼児が母の乳を吸っている姿は、不思議な光景かもしれない。こういう自然な育児や暮らし方をしてきた中で、今までも様々な世間とのギャップに遭遇して、それなりに上手く折り合いをつけて共存してきた。「そろそろおっぱい終わりにしないとね」の周囲のササヤキを聞くと、また世間と私の価値観の違いを改めて知る。あーそうか、やめないといけないものなのか、と。母乳育児、これを機会に終わりにできたらさぞ楽だろうなーと共感もする。子どもも、私がおっぱいを与えなければ、意外とすんなり諦めるかもしれない。

だけど、だけどね、次の出産を皆目検討していない私にとって、この母乳育児は人生最後の母乳育児。終わったらもう二度と「子どもへ乳を与える」という母にしかできない営みができない。そう思うと正直とっても寂しい。
長女は「断乳」という形で、子どもには有無を言わせず、ある日突然一方的に母乳育児を終わらせた。後にその方法が本当に良かったのかどうか疑問が残った。だから今回は、母も子もお互いに納得いく形で、人生最後の母乳育児を終わらせたいと思う。

だから、「そろそろ終わりにしないとね」のササヤキに、あっさり従う潔さは…ない。
07:25 | ●子育て 母乳育児 | comments (1) | trackbacks (0) | page top↑

母乳育児の犬

2.10 015

授乳中の犬の親子ぬいぐるみです。子犬は母犬に縫い付けられていて、持ち上げたって「乳首を離さないわ!」となっています。これは、長女の完全母乳育児が終了した時、義母が私に贈ってくれた深い思い出の品です。

初めての子どもを育てる際に、私は完全母乳で育てたいという強い思いがありました。だけど右も左も分からない母親1年生だったので、「母乳育児と言えば桶谷式」と、夫の実家近くにある、桶谷では老舗・京都の池上先生にお世話になっていました。生後10日から断乳する1歳4ヶ月まで、月に1〜2回必ず伺って乳房マッサージを受け、その帰りに実家へ孫の顔見せに立ち寄る、というリズムでした。

ほにゃほにゃの新生児を連れて、バスや電車を乗り継いで大阪から京都まで行くのは結構大変で、今思うとよくやってたなーと思います。池上先生の帰りに一泊する実家では、義母がいつも、母乳に影響しない京のおばんざい的なお料理を作ってくれました。

そうして1歳4ヶ月の頃、桶谷式での「断乳」を行いました。○月×日と決めて、夫も休みをとり、京都の実家でその儀式(?)は行われました。朝食後に最後の授乳。その後こっそりと、おっぱいに油性マジックで猫の顔を描きました。しばらくして娘がおっぱいをねだって服をめくり上げると…、

あら!? 何これ、私のおっぱいが猫になってるじゃない…! 

娘はものすごく戸惑い、まるで劇の幕引きのように、自らめくった服を下ろして後ずさり。しばらくして再び服をめくって、またおっぱいを確認。やっぱり猫だ…。

「おっぱいが猫になっちゃったね。もうバイバイだね」
「今までたくさん飲んでくれてありがとね」

何度見つめても猫になってしまったおっぱいを前に、周囲の大人の言葉を自分なりに理解しようと一生懸命。あーそういうことか、と、しばらくおっぱいをねだらなくなりました。でもやはり、夜は添い寝の授乳で寝る習慣だった娘、断乳から数日間の夜はもう大変でした。
すぐ食べられるように、おにぎりやリンゴや、ぷーさんのビデオも用意して、毎晩明け方まで寝ぐずりに付き合いました。あんまり泣くから可哀想になって、何度再びおっぱいをあげようかと思ったことか。でもそれをすると、この数日がまんした娘の努力が水の泡。私も心鬼にして、娘が「赤ちゃん」から「幼児」への階段を一歩登ることを見守りました。

グズリは4〜5日でおさまり、娘はすっかりおっぱいをねだらなくなりました。1週間もすると、一緒にお風呂に入ってうっすら猫の跡が残るおっぱいを目の前にしても、どこか懐かしそうになでるだけで、もう飲む素振りもなくなりました。その変貌にはびっくりです。池上先生には引き続き通い、母乳の分泌を止めるマッサージを受けました。これをしておかないと、乳腺炎になったり次の母乳育児に影響があるそうです。

こうして、初めての母乳育児を完了した私は、なんと桶谷式から賞状をもらいました。よくぞここまで母乳育児を頑張りましたね、という内容。そして、義母は一体どこで見つけてきたのか、この母乳を与えている犬のぬいぐるみを「おつかれさんでした」と下さったのです。初めての母乳育児を終え、断乳は辛く大変だったものの、我ながらよくやったと思いました。でも1番えらかったのは、あの日を境におっぱいとサヨナラできた子ども自身ではないか、と思います。

この授乳犬を見るたびに、初めての母乳育児の日々、断乳した日のことを懐かしく思い出します。子どもを産み母親になった女性にしか分からない、あの胸がツーンと張るような感覚、ジュージューゴクゴクと音を立てるようにして与え飲まれる感覚、その母子の至福のひととき。それは母と子をつなぐ貴重でドラマティックな体験です。この母乳育児のひとときが、私の母親としての自覚をプッシュしてくれた大事な時間だった気もします。
今、二人目の母乳育児真っ最中。この子は2歳2ヶ月ですが、本人がいらないという日まで与え、自然に卒業するようにしよう、と思っています。きっとこれが人生最後の母乳育児だから。

この授乳犬は、タダの茶色いワンコの親子ではありますが、私の最初の母乳育児の記念であり、最後の母乳育児を見守っている犬。嫁の私にこれを贈ってくれたお義母さんは、おこがましい言い方ですが、たいしたもんだ、とも思います。
15:06 | ●子育て 母乳育児 | comments (2) | trackbacks (0) | page top↑

さしちち!?

 border=母乳育児も1年8ヶ月目。長女の時は、ちょうど『断乳』をした年齢だ。長女は桶谷式で母乳育児をしていたので、自然にやめる「卒乳」ではなく、X-DAY(エックスデイ)を決め、おっぱいに顔なんかを描いて、ある日突然きっぱり母乳を与えない「断乳」で母乳卒業をした。昨日までの赤ちゃんが、今日からは幼児になっちゃうのだ。それはまるで、恋人同士の別れのように突然で、昨日まで恋人だったのに、別れ話の翌日には、手も触れない他人になってしまうのと似ている。

私はもうきっと出産をすることはないだろうから、きっとこの母乳育児が人生最後の授乳となる。そう思うと、この母乳育児は、この子が「もういらない」と言う時まで与えていたい、と思うこの頃。断乳という、大人の意思で突然やめてしまう方法にかすかな疑問を抱いていた私にとって、最後の母乳育児は、母も子も納得いく形で・・・、と思う。

それにしても、次女は桶谷にも通わず、何の手当てもせずにホッタラカシの母乳なのに、張りもないのに吸えばまだ出る、というのが不思議。まるで水道の蛇口みたいに、止めれば出ないし、ひねれば出るという感じ。

そんな話を、料理教室の時に皆でわいわい食卓を囲んでいる時に話したら、ある人が「先生、そういうのサシチチって言うんですよ、それはオッパイがとても良い状態なんですって」と。さしちち!? 「ちち」は「乳」だけど、「さし」は何? 注し? 挿し? まさか「刺し」じゃないよね・・・?未だにこの意味分からない。

でもホントにね、2年近くも年がら年中母乳与えていると、新生児の頃みたいに3〜4時間与えないとカチコチに張って痛みさえでるような事はもう皆無に等しく、一晩授乳しなくても、申し訳程度に「あ、ちょこっとだけホルスタインみたい?」という程度の張り。それでも吸えば普通に母乳は出てるのね。

子どもといえば、もうスタコラサッサと歩き走り回るし、言葉こそまだだけど、『ふん!も〜!』と生意気にすねてみたり、『パイパイ!』と可愛くねだってきたり、背丈も伸びたいっちょまえの子どもなのに、ひたすら安心した表情でおっぱいに吸い付いてくる。はたから見たら、もう随分大きいのにまだ飲んでるの?と思うかも。本人がいらん、と言うまで与えるということは、たぶん来年の今頃も(2.8歳)、もしかしたら再来年の今頃(3.8歳)も飲み続けているということだろうか。その姿は周囲からみれば実に奇妙なものなのかも。

でもまあ、小学校入学まで飲むことはないだろうし、保育園や幼稚園に行ってる間も飲めないし、家庭内での精神安定剤みたいなものでしょう。大きくなるにつれ、まだ授乳していることを周囲が何と言おうとも、私の人生最後の母乳育児、いらないよ、と言われるまで続けるつもり。
あの張った時のツーンという胸の感覚は、授乳期間中にしか体験できないもの。ゴクゴクと喉を鳴らし、全身をゆだねて飲む子どもの姿を見るのも、これでもう最後なのだから。



02:44 | ●子育て 母乳育児 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

本当に母乳が出ない人は100人に1人

子どもを母乳で育てるのは、さほど難しいことではなく、ごく当たり前の事だと私は思っています。牛の子どもは牛の乳、象の子どもは象の乳を飲んで育つように、人の子どもも人の乳を飲んで育っていくのが、哺乳類の自然な流れだと思うのです。母親の乳を卒業した後に、今度は別の動物の乳(牛の乳)を飲み続けるのは、哺乳類の中では「人間」だけです。

私は1人目の子どもを母乳だけで育てたので、粉ミルクの作り方を知りません。長女の母乳育児中、出産1ヵ月も経たない内に乳腺炎になりかけて、あわてて桶谷式乳房マッサージの先生の所に駆け込みました。それ以来、1歳4ヶ月で断乳するまで、桶谷の先生の指導のもとで育てたような感じです。

そして、今二人目の母乳育児真っ最中ですが、この子は桶谷式でいう「断乳」という方法はとらないつもりでいます。子どもが欲しがるまで何歳まででも母乳を与えてみよう、と思っているのです。

桶谷の先生が言うのには、「良い乳をだすには手入れをすること」、そして「本当に母乳が分泌されない人は100人に1人いるかいないかの割合だ」と。適切な手入れをすれば、大抵の出産後の女性は母乳が沸いてくるものだ、と聞いたことがあります。

「本当は母乳で育てたいのに、母乳が出なくなったからやむを得ず粉ミルクに切り替えるしかなかった」という声を時折聞きますが、そんな方はぜひ、適切な乳房手技療法を受けてみることをオススメします。適切な乳房マッサージは、決して痛みを伴うものではありません。痛い乳房マッサージは逆に危険と思います。私のオススメは桶谷式ですが(というかソレしか知らない)、実に見事な手技療法で、マッサージの前と後では赤ちゃんの飲みっぷりが違います。噴水のように母乳がわいてくるようになります。

私は決して桶谷式の回し者ではございませんが、子どもを産む際に産院を探すのと同じように、産んだ後に乳房ケアを受けられる桶谷式助産院や母乳育児相談室がご近所にないかどうか、調べておくことをオススメします。桶谷式乳房手技療法は、桶谷そとみ先生が考案した痛くないマッサージ。そとみ先生は引退されましたが、お弟子さんたちが全国で開業しています。あなたのお住まいの町にもきっといるかもしれませんヨ。

23:25 | ●子育て 母乳育児 | comments (0) | trackbacks (0) | page top↑

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