薄っぺらい流行
2008 / 01 / 24 ( Thu )
何気なく見ていたお昼のテレビ番組、「ロハス風○○」とかいうテーマで、東京目黒に店を構える元モデル・若い女性に大人気のカリスマ的女性が登場していた。ここ数年流行のビンテージリネンや、シャビーでナチュラルな感じのインテリアやファッションの火付け役的な方。彼女のお店で、レポーターは彼女にコーディネートしてもらったファッションを身にまとい「うわ〜ロハス風!」とか「ロハスっぽいね」を連呼。もーうんざり、いーかげんにしてちょうだい。
何がどこが一体どうしてロハス風? 意味わかってる?
先日、超人気ブランドが限定発売した価格1000円台のエコバッグ。発売日にホームレスを雇って長蛇の列に並ばせ、そうして手に入れたエコバッグはネットオークションで高値で取引された。
「エコ」だとか「ロハス」だとか、ここ日本では言葉ばかりが独り歩きして、薄っぺらい流行になってる気がするのは私だけかな。そりゃ楽しくなかったら続かないから、楽しくやろーよー、というのは分かるの。でもちょっとまってよ。「エコ」とか「ロハス」って、そもそも流行するような類のもの? そういう言葉を意識して暮らさなくてはいけなくなったこの汚れた地球。汚したのは誰? 私たち人間じゃない。
何にでもロハスやエコという言葉をつければ流行で買う人がいる→商品売れる→会社儲かる。どこがどうエコでロハスなのか皆目不明の商品もあふれているというのに、気が付かない消費者多すぎ。薄っぺらい流行の波にのまれてる。
私たちの子ども、孫が私たちと同じ年代になる頃…、空や空気はどうなってるかな。川や海や森、そこに暮らす生き物はどうなってるかな? 食べ物はどうなってるかな? 私たち人間は?
つい10年前には名刺サイズのカメラなんてなかった。つい20年前はパソコンなんて身近じゃなかった。携帯電話も液晶テレビもうそう。北極の氷が溶けるなんて、まさか思いもしなかった。遺伝子を組み替えて作物や生物を作り出すなんて、漫画や映画の話だと思ってた。つい数十年前には予想もしなかった物や環境が今ここにある。
じゃあこの先数十年先は、一体どんな変貌をするのか? 未来をちょっとだけ真剣に想像すれば、エコやロハスも楽しむのは結構だけど、薄っぺらい流行でやってる場合じゃないことに気が付くはず…。
ポイ捨てに物申す
2007 / 09 / 16 ( Sun )
『何か』を気をつけて見るようにすると、その何かの数の多さに驚く事がある。例えば、先日真っ赤な靴を購入したのだけど、果たして街では赤い靴なんて履いてる人はいるんだろうか?と、街を歩くたび、道行く人々の足元を見るようになった。意外や意外、赤い靴を履いてる人って結構いるもんだ
と驚いた。
そうしてボケーっと歩いていた私が悪いのか、歩きタバコのオトコとすれ違った。オトコはすかさず指に挟んだタバコを手の平の内側に隠してすれ違ったものの、飛んできた灰は、私の真っ白のカリブパンツを灰色に汚した・・・。
ひと言申してやろうにも、人ゴミにまぎれてオトコは立ち去った後。これがもし火種だったらどうしてくれようか。これがもし私の白いパンツではなく、子どもの眼球だったらどうしてくれようか。
それからというもの、気をつけて見るようになったのは、「歩きタバコ」と「ポイ捨て」。これは、赤い靴を履いた人を見つけるより遥か容易に見つけることができた。そういえば、ここはマナーの悪さワースト何位かに入る大阪だったっけ。私も元は愛煙家だったので、吸いたい人の気持ちは分かる。だけど、最近の愛煙家のマナーは極めて悪い(皆がそうじゃないだろうけど)。
子どもを連れて歩いていた時、私の目の前で、ポイっと火のついたタバコを地面に捨て、足でもみ消して立ち去った人がいた。子どもは「あの人ゴミ落としたね」と言うので、私は躊躇なく思わず「落し物ですよ〜」と声をかけた。その人はチラリと振り向いただけで、そのまま立ち去った。 子どもには「あの人はきっと、小さい頃に『ゴミはゴミ箱へ』ということを、教わらなかったんだね・・・」と言った。
また先日は、マンションの玄関横にある自動販売機の陰に座り込んで、菓子パンを食べている女子中学生二人がいた。何でよりによってこんな所で飲み食いするのか? 私には到底理解できいない。せめて植え込みの淵に座るとか思わないものか? それで思わず「この先の公園に座って食べられるベンチがあるよ」と伝えたら、1人は「何このオバサン」的な表情。1人は恥ずかしそうに立ち上がった。恥ずかしそうな素振りを見せただけ、せめてもの救い。
夫は「今の時代何されるか分からないから、子どもと一緒の時ほど余計なこと言わんとき」などという。たしかに・・・。子連れで物申して、子どもの目の前で刺される事を想像したら・・・、その時の子どもの気持ちを思うとゾッとするし、ポイ捨て注意して刺されて人生終わりだなんてゴメンだよ。だけど子どもの目の前で、善悪を教えるべき大人が悪をした場合、私は我が身を守りたいがために「見て見ぬふり」はできない性質でもある。刺されるの覚悟で言わなきゃいけない事もある。 ん〜・・・、難しい! 恐ろしい時代になったものだ。
大人は近頃の若者のマナーの悪さを悲願するけれど、私含め、そういう大人がああいう若者を育てたんじゃないの??? 子どもは育てたように育つんだよね・・・
と驚いた。そうしてボケーっと歩いていた私が悪いのか、歩きタバコのオトコとすれ違った。オトコはすかさず指に挟んだタバコを手の平の内側に隠してすれ違ったものの、飛んできた灰は、私の真っ白のカリブパンツを灰色に汚した・・・。
ひと言申してやろうにも、人ゴミにまぎれてオトコは立ち去った後。これがもし火種だったらどうしてくれようか。これがもし私の白いパンツではなく、子どもの眼球だったらどうしてくれようか。
それからというもの、気をつけて見るようになったのは、「歩きタバコ」と「ポイ捨て」。これは、赤い靴を履いた人を見つけるより遥か容易に見つけることができた。そういえば、ここはマナーの悪さワースト何位かに入る大阪だったっけ。私も元は愛煙家だったので、吸いたい人の気持ちは分かる。だけど、最近の愛煙家のマナーは極めて悪い(皆がそうじゃないだろうけど)。
子どもを連れて歩いていた時、私の目の前で、ポイっと火のついたタバコを地面に捨て、足でもみ消して立ち去った人がいた。子どもは「あの人ゴミ落としたね」と言うので、私は躊躇なく思わず「落し物ですよ〜」と声をかけた。その人はチラリと振り向いただけで、そのまま立ち去った。 子どもには「あの人はきっと、小さい頃に『ゴミはゴミ箱へ』ということを、教わらなかったんだね・・・」と言った。
また先日は、マンションの玄関横にある自動販売機の陰に座り込んで、菓子パンを食べている女子中学生二人がいた。何でよりによってこんな所で飲み食いするのか? 私には到底理解できいない。せめて植え込みの淵に座るとか思わないものか? それで思わず「この先の公園に座って食べられるベンチがあるよ」と伝えたら、1人は「何このオバサン」的な表情。1人は恥ずかしそうに立ち上がった。恥ずかしそうな素振りを見せただけ、せめてもの救い。
夫は「今の時代何されるか分からないから、子どもと一緒の時ほど余計なこと言わんとき」などという。たしかに・・・。子連れで物申して、子どもの目の前で刺される事を想像したら・・・、その時の子どもの気持ちを思うとゾッとするし、ポイ捨て注意して刺されて人生終わりだなんてゴメンだよ。だけど子どもの目の前で、善悪を教えるべき大人が悪をした場合、私は我が身を守りたいがために「見て見ぬふり」はできない性質でもある。刺されるの覚悟で言わなきゃいけない事もある。 ん〜・・・、難しい! 恐ろしい時代になったものだ。
大人は近頃の若者のマナーの悪さを悲願するけれど、私含め、そういう大人がああいう若者を育てたんじゃないの??? 子どもは育てたように育つんだよね・・・
三歳児神話
2007 / 05 / 17 ( Thu )
久しぶりに、三歳児神話を確信もって話す方に出会ってしまった! 三歳児神話とは、「三つ子の魂100まで」と言うように、三歳までは親元でしっかり育てるべきだ、という考え方・価値観のこと。この神話を当然とする方は、三歳未満で保育園に子どもを預けて働く、などという概念はないどころか、ワーキングマザーを見下している傾向があるようだ。しいては、預けられている三歳未満の子ども=保育園児は可哀想、という価値観も伺える。三歳児神話を私は真っ向から否定するつもりはない。否定したいのは、幼稚園児=○、保育園児=×、というものの見方をする人の方だ。たしかに何歳までだって親の目の届くところで育てるのは良いかもしれない。でもそうは行かない様々な事情や考え方がある場合もあるのよ。三歳未満で預けられる子どもが愛情不足になる、というのなら、専業主婦で三歳まで密着育児をした場合は愛情豊富になると言えるのか? 母子家庭で0歳から預けられた子どもは愛情不足に育つと言うのか?
私は「育児は時間ではない」と思っている。時間をかけた育児よりも、その中身=密度が重要。朝と夜しか会わない親子関係でも、その短時間をいかに密接に深く子どもと関わるか? そこを大切に捉えてさえいれば、何歳から社会にだそうとも、愛情不足に陥ることはないと思っている。時間をかけて密接に過ごせば豊かに育つ、とは言い切れないと思ってみている。
「今年は下の子が保育園に入れなかったのよー、深夜に仕事してるから、寝不足になりがちで、親子して悪循環だわ」と言う私にその人は、「入れなかったのはこと幸い! これを機会に三歳までは保育所に入れようなんて思わずに、しっかり育ててやりなさいよ」だって。こういう言葉を言う人は、その殆どが専業主婦の方が多い傾向がある。(専業主婦が悪いという意味じゃないデス)
変な日本語
2007 / 04 / 08 ( Sun )
「日本語は世界で1番美しく1番難しい言葉」と言われています。毎日当たり前のようにして使っている日本語、ところが最近、妙な日本語をよく耳にしては「あーぁ…」と思う場面が多々あります。
先日も長女の入学式の中で、何度も妙な日本語を耳にしました。「何でも食べれる元気な子」→「食べられる」でしょ。「あちらの方に」→「あちらへ」でしょ。「お配りさせて頂いてます」→「お配りしております」じゃない? 他にも色々、丁寧に話しているつもりが丁寧すぎておかしくなってる日本語が耳につきました。言葉を教える小学校の先生方ですらコレだから、そりゃ大人は変な日本語を話す子どもたちを批判できないよね。
喫茶店でも「ご注文を繰り返させて頂きます」「「フレッシュの方お下げしてよろしいですか?」新人の子なんかだと舌がもつれちゃって、お気の毒ーな場面にも遭遇します。丁寧に話すことは大切とは思うけれど、せっかくの美しい日本語が変形し始めているみたいで、とっても気になるこの頃です。
先日も長女の入学式の中で、何度も妙な日本語を耳にしました。「何でも食べれる元気な子」→「食べられる」でしょ。「あちらの方に」→「あちらへ」でしょ。「お配りさせて頂いてます」→「お配りしております」じゃない? 他にも色々、丁寧に話しているつもりが丁寧すぎておかしくなってる日本語が耳につきました。言葉を教える小学校の先生方ですらコレだから、そりゃ大人は変な日本語を話す子どもたちを批判できないよね。
喫茶店でも「ご注文を繰り返させて頂きます」「「フレッシュの方お下げしてよろしいですか?」新人の子なんかだと舌がもつれちゃって、お気の毒ーな場面にも遭遇します。丁寧に話すことは大切とは思うけれど、せっかくの美しい日本語が変形し始めているみたいで、とっても気になるこの頃です。











